2023/05/03 22:06

自分の柱と家が続く柱  念珠とともにある生活


念珠は、仏具です。
手掛け念珠は、宗派にかかわらずお持ちいただくことができます。

日本人の多くにとって、家が続いている象徴的なものは、お墓参りといった慣習行事の中にあります。
お墓参りでは、一般的には亡くなった方の冥福を祈り、浄水などを供えお墓に手を合わます。人生の節目に先祖に報告をする方もいらっしゃるでしょう。

お墓参りそのものは、宗教によって作法が違いますが、仏教だけでなく神道・キリスト教でもあります。仏教や神道でのお墓参りは、故人の冥福を祈ること、故人に感謝をすることなど共通しているところがあります。一方キリスト教でのお墓参りは、先祖や故人に向けてではなく、代わりに神に対してお祈りを捧げます。神の思し召しなので、神に故人を守ってくれるように祈ります。

そう考えると宗教においてもお墓参りでの祈りは、故人を通して神の守護があるように祈る行為であり、皆同じことをしているように思います。

素直にお墓参りができない方にも


そもそもなぜお墓参りをするのでしょうか。
素直に先祖に感謝できないという方もいらっしゃるでしょう。目の前に存在している家の方々だけをみると、素直にそう思えない。かくいう私もかつてはその一人でした。

そんな方におすすめなのが、もっと先をみることです。
もっともっと過去の先祖のことを考えてみる。自分が生まれてくるには、まず父母がいなければなりません。過去をさかのぼってみると、先祖から脈々と血が繋がり、自分に至っている。相手は誰と限定せずにいれば、先祖に対する感謝も生まれてくるのではないでしょうか。同時に自分がいま存在すること自体への凄さや有り難みが湧いてくる。

ただ自分の存在のために、先祖に手を合わせていく。
そんなお墓参りがあってもいいと思っています。もちろん、素直に手を合わせようと思う亡くなった方がいらっしゃるのならば、冥福を祈り対話をするお墓参りは幸せな行為です。先祖を通して、家という柱に思いを巡らせ、いまの自分の役割や生き方にも向き合ってみる。

家のことを考える機会であるお墓参りは、奥深いものですね。
自分の祈りはなにであるか、生きている間になにをするのか。

日常にある念珠との対話を通して、気持ちを整える機会にしていってください。

自分の柱、家の柱をたてるように、数珠を持ち歩く


数珠だけでなく袋も職人さんのお仕立てで揃えました。
珠の美しさが映える「手織り久留米絣の袋」に入れて、手掛け念珠をいつもそばに、日常に。

【厄除けやお守りとしても】念珠には、持つ人に代わり邪悪な「念を受ける」として、「厄除け」「お守り」として使われて来た歴史があります。特別な日だけでなく、どうぞ日常的に持ち歩いてお使いください。

数珠だって「いつもの」持ち物

【 2023/5/12(金)〜22(月)】職人手製の手掛け念珠と手織久留米絣の専用袋をセットで販売。天然石毎に生地合わせした袋です。
自分の柱、家の柱をたてるように、数珠を持ち歩く。日常そばにおき、お気に入りに格上げできる数珠を取り揃えております。

・飛躍の陰を忘れぬ者
・凛を持ち続ける者
・ぶれず手を差し伸べる者
・佇み見つめ続ける者
・本質を知る者
・堅くしなやかに進む者

CATEGORY: 手掛け念珠・数珠